2016年9月 4日 (日)

8月関西旅行

私の半分は兵庫県で出来てます。
久しぶりに祖母、兄夫婦、祖父のお墓、滋賀在住のスリランカの先生に会いに行ってきました✨ 大阪→京都→大阪→兵庫→大阪→滋賀→京都→滋賀→大阪と、3泊4日でかなりタイトなスケジュールだったけど、私の中の関西の血を再確認できました。

着いた直後に大阪の中之島図書館。ヨーロッパ調の建物で、驚いたのが、中にはジャズが流れるお洒落カフェがあるという😊
http://smorrebrod-kitchen.com

そして、下鴨神社で参拝とライトアップ鑑賞。

比叡山のお墓参りとスリランカの先生宅訪問の合間に、大好きな神社仏閣巡り。3時間で伏見稲荷、三十三間堂、清水寺を回りました。お昼取る時間すらもったいないと思ってひたすら歩いた💨

先生宅で夜ご飯をご馳走になり、ほんとにいろいろなことを話せて楽しかった✨😊
お世話になってる知り合いと久しぶりだったので、大阪に戻ってからも朝までバーで話し込んで、寝たのは4時過ぎだったかな。

私は基本的におしゃべり好きだから、関西は店員さんとも気軽に話せるし、ノリがいいし、なかなか私に合ってるんだなと思いました。




中之島図書館






下鴨神社









比叡山



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伏見稲荷

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清水寺

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2015年11月 2日 (月)

ミラノの過ごし方

今回のミラノの旅は、未来へ向けての下準備だけど、盗難に会って以来の恐れてたミラノのイメージがガラッと変わりました。
ミラノ自体のセキュリティもミラノ万博のおかげで良くなってる気がするし、私も危険人物を察知出来るようになって来てるのかもしれない。

絶対海外の電車内で居眠りしちゃダメなのに、万博までの電車内で、しっかりカバンを両手に抱えたままついつい居眠りして、終点で紳士に起こされましたcoldsweats01

ポケットに入れてた5ユーロを、携帯を出す時に一緒に落としたみたいで、うしろから若い男の子が拾って走って追いかけて来てくれましたshine

スーツケース二つ抱えてガタガタと一段ずつ降りてる私を引き止めて、怖そうな男性が助けてくれましたtulip
私が避けてきた様な人が、聞かずともエスカレーターの位置を教えてくれたり。

今日はピザ屋さんで隣のヒステリックそうな奥様が、優しく声を掛けてくれていろんな情報を教えてくれましたclover

不便な分だけ、人も親切。

万博で一緒に働いてた人達も、私のメンタルや体調を気遣ってくれてすごく優しかったしshine

まだ時々人種差別的なことに遭遇して、やさぐれそうな時に、ハッとして本来の自分に戻るために教会を巡ってみたりして。

すごく現実的に考える面と、スピリチュアルに感じる面とのバランスが出来てきてる気もしました。

私の器ってまだまだだなぁ。







2015年3月17日 (火)

あっという間に後5日

気圧の変化に対応出来ないのか、リミニからサンマリノに入る時は必ず頭痛があって、今回前半はほとんど健康に気を使う日々で終わってた気がします(笑)
後半はゆっくり色々見ることが出来たけど。

歴史とか、人とか、食とか、いろいろ教えてもらったから、ここから何かヒントを得て日本に帰ったらまとめてみます。



山から引いていた水道。昔はローマまで引いてたんだって。


フィレンツェまで続く川。




ぜーんぶ手で彫られたもの。どんだけの歳月を費やしたんだろう??すごい❗️
この螺旋がなんかキャンディを思わせるようで気に入りましたcute



1日1日があっと言う間です。これは楽しいからもあるけど、どちらかというと、不便だから一つの事をするのに時間がかかるからって言った方が正しいかもしれません。sweat02

あと5日だけど、まだここの土地のイタリア人、サンマリノ人達との距離感が掴めないなぁ。
適当な部分と気を使う部分と、ものすごく親切だったり、強かだったり。
日本人のお友達に会うとホッとしてついついマシンガントークしてます。

昔はエレベーターに乗り合わせたら挨拶するのが普通だったけど、今はほとんど見かけない。
みんなスマホ片手に自分の世界に入ってるから、イタリア人のフレンドリーなイメージも、だいぶ変わって来たなぁって実感します。

田舎の方は、まだしょっ中ご飯の招待があったりして関係が密だけど、それはそれでちょっと大変なこともあり、一長一短なんだろうね。

明日は紹介してもらった、ここで活動してる日本人ジャズシンガー女性に会って来ますnote



2015年3月 1日 (日)

イタリアとサンマリノへ

しばらくサンマリノで過ごしますdiamond
着いた早々にフライト疲れもあって、サンマリノに向かえず、ボローニャで2泊してしまいました。bearing
せっかくの木曜日なので、朝に開かれるメルカート(市場)で買い物して、一時間くらい散策したらまた疲れてしまってcoldsweats02

回復したらようやく本気でこの国と向き合えると思うのでまずはしっかり休みます!cherry




美味しくなさそうなお寿司が高いのに大人気。










2013年3月24日 (日)

イタリア・ボローニャ紀行

今回の旅を振り返りますhappy01


オーストリア・ウィーン経由でボローニャには夕方到着しましたairplaneshine
今回は母親と二人旅。
ホテルは駅が目の前だったので、他都市にとても出やすいのでとっても便利。 スマホの天気予報に寄るとほぼ雨続きとのことで、せめて曇りであってほしいーっと祈る思いでした。
ホテルのチェックインでまず言われたのが「そのネイル素敵heart」って。Mちゃん、いつも旅の前にきれいなジェルネイルにしてくれてありがとうね!
部屋に入ると、まず電気が付かない。。どの部屋も付かなくて、スイッチの隣りにある赤ランプがついてる固いボタンが怪しいんだけど万が一警報機だと困るので怖くて押せない。。
暗闇でうろうろしてるうちに天井から水が滴ってきて。(> <)  四つ星とは思えない環境で「もう取り替えてもらおう」とフロントに電話をしスタッフを呼びだすと、スタッフはやっぱり赤ランプのボタンを強く押して、全部の部屋の明かりが付いた。水漏れはあり得ないので、すぐ別の部屋に案内してもらった。まずフロントまで一緒に来てと言われたので重たいスーツケースを持って急いでフロントまで降り、また重たいスーツケースを持って新しい部屋に行ったら先ほどと同じフロアのほぼ向かいじゃない~ 何でそのままあの場所に待たせてくれなかったの~sign02 

もうすでに長いフライトの後でぐったりしてました。
夕飯に出かける気力がないので今夜だけは近場のファーストフードで持ち帰り。覚えたての「お持ち帰り(Portare via)」のイタリア語が早速役に立ちましたhappy01
部屋に戻ってさぁ食べようーとふと時間が気になってスマホをコートのポケットから取り出そうとしたら、、ない。。
カバンかなぁーと思って全部中身を出してもない。。。 血の気が引いてゆっくり行動を思い出すと、送迎車に乗る前まで握っていた記憶しかない。。ど、どうしよう、、しばらくあたふたしてたら、ふと母親が「さっきの部屋だ!」
って。そういえば暗がりの部屋から電話をするのに、スマホの明かりを使ったのを思い出した。電話の横に置いて来てしまった!!  フロントにまた電話して事情を話して先ほどの部屋に連れていってもらう。そうしたら既に水漏れ工事の業者さんが入っていて工事の人も居なければスマホもない。 「ここはイタリアだし。。」
部屋を開けてくれたスタッフも「たしか何もなかったよ」って。「そんなことはない!」

そうしたら母親が「今フロントから電話があったよ」って。折り返すと、フロントにスマホが届けられてますとのこと。
はぁぁーーーー 良かった!!!
一瞬いやな状況が過ったけど、ここはいい人たちなのね。。良かったー。

旅のスタートからハラハラでした。
夕飯はすっかり冷めて、食べるよりもう寝たかったcoldsweats01

ちゃんと気を引き締めて行こうsign01と思ったボローニャ初日でした。

翌日はボローニャ散策。 朝からホテルのスタッフはみんな感じは良いです。
最近はパソコンで街歩きができちゃうんですよねー。事前に確認してたから地図とその映像の記憶で迷わず中心街まで行けました。
まずはインフォメーション。お水確保のために必ず現地のスーパーマーケットの位置は確認しておかないと。
インフォメーションで尋ねると、まぁイタリアですね。インフォメーションの女性は舌打ちしたうえに地図に荒く○印を付けて投げるように渡される。「これがあなたの仕事だろうが!」と言いたくなるところ、抑えて気分を変えて塔に向かいました。

思ってたよりキツイ! 90m強をひたすら小さい階段で登る。
てっぺんまで着いた時に見えた景色は最高でした☆ 
イタリアっぽいーconfident
階段幅がとても狭く、足を横にして横歩きしないと降りれませんでした。帰りが結構怖かった~coldsweats02
今夜のレストランは「ダ・ロマーノ」家族でやっているエミリア・ロマーニャ州の郷土料理です。さっそくボロネーゼをいただきました。

良くも悪くもイタリアを実感した一日でした☆

「明日は念願のサンマリノheart02 楽しみすぎる。」

Opt_2

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2012年11月30日 (金)

ベトナム旅行

旅行してから1ケ月過ぎたけど今さらながら写真をアップしますsun
行き先はハノイでしたairplane

ベトナムの精神は、おそらく私の精神とはかけ離れてる気がしましたね。
んーこの一言でしか表現ができない。。
気に入ったものは、
フォー、オレオ(乳不使用だったので)、ドライジャックフルーツ、”イパニマ”のカバンかな。
ホテルはとっても快適でしたwink


Street

Big_tree

Vietnam

Breakfast

2007年10月23日 (火)

インドvol6

ちょっと前にTVで「ガンジス川でバタフライ」っていうのをやってて、ビデオに撮ってまでも見てしまいました。車中から見たガンガーが忘れられない。いろいろ思い出して、あんなに辛かったはずなのに、また行かなくちゃって気持ちになったよ(^^) ほんとに私は懲りないヤツなんだな。

インドではインド人との壮絶なケンカのあと、穏やかにお別れを告げデリーに移動しました。Gさんは親切に彼の弟さんに連絡をして、デリーの駅に迎えを頼んでくれたんです。

帰りは行きの3倍くらいの値段を払って、大分良いクラスの列車に乗りました。といってもそれしか空いてなかったんだけどね。「ダンニャワード!」みんなに手を振って車内に入ると、ふわぁぁ~ クーラー効いててシートが綺麗でテーブルがあって・・ティーサービスがポットで配られてビスケットとかパンとか・・。周りはビジネスマンばかりで、麻のパンツにTシャツの日本人は私だけ。蝿もせいぜい1匹飛んでるくらいで快適だし、その時間を優雅にすごしていました。紅茶もおかわりまで頼んじゃって!

夕飯が配られるころ車掌さんらしき人がチケット確認で回って来て、私も堂々と「はい。」って見せたら、「君はここじゃないよ。」って。

えー!うそ、だって乗る前にちゃんとインド人に確認したよ。「お金を余分に払えばここにいてもいいよ。」って言われてしぶしぶ移動をする。

2等の列車に移動したら、まぁちょっとシートが狭いけどなかなか綺麗だった。そこで夕飯が配られたんだけど、ああ、やっぱり夕飯の内容は1等とは違うようね。でも内容はすごくしっかりしてて、おいしそう。ようやく食事が食べられる。何日も○○の新生姜だったからねー

デリーに着くのは夜の8時くらいだろうか。ちゃんとお迎えの人に会えるのかな、間違って他の人についていったら大変だな。不安に思いながら、デリーが終点かどうか確認して、少し眠る。

2007年9月22日 (土)

インドvol5

もうどんな続きだったかみなさん忘れてることでしょう。インド人とボランティアの話で夜な夜なミーティングでは大喧嘩だったんです!その続き(^^)。

インドでは占いは人生を左右する重大なイベント。占い師は尊敬されてる人なんです。朝起きて、ロビーで待ってろと言われて何かと思いきや、全身白いコットンに覆われて頭になにか紐を編んだようなものを巻いてる55歳くらいの男性が、オーラを放ちながら近づいて来た。

「君の運勢も見てもらいなさい。」って、Gさんが連れて来たらしい。初の手相占いを受ける。私の性格、未来を話してくれた。うん、なかなか嬉しいこと言ってくれてる。結果今のやり方は間違ってないようね。

その後が問題。今日は車の修理に付き合わされるらしくて正直もうたくさんと思っていた。インド人が寄ってたかって訳の分からないヒンディーで話すなか、私はただ車に揺られ何時間も連れ回される。「私はもうデリーに行こうと思います。」って言ったもんなら、危うく監禁されるところだった。「君は僕がいいって言わなきゃもうここから出られないんだよ、アハハハ!」って!血の気が引いた。私日本に帰れないかも・・。どうしよう・・。急に心細くなって、怖くなって泣きながら外の小さな庭に出た。それを見た、行きにお世話になった一人がビックリして、彼らが尊敬するその占い師に話してくれた。ヒンディーだから分からなかったんだけど、Gさんに「この子を日本に返してあげなさい。」って説得してたみたい。スタッフ全員が集まっての大会議。これを聞いたGさんは何やら「冗談で言ったんだ。この子が居たいって言ったんだ。」的なことを話しているようだ。みんなの顔が深刻な表情から一転して「あーなんだ。」みたいな感じになってる。まずい。みんな誤解してる。私が嘘ついてることになってる!思い切って「私は目的があってここに来ました。毎日毎日車とホテルから出られなくて何もできません。みんなは私の言うことを信じないでしょう。私はインドに友達はいないんだから、誰も信じてくれる人はいないでしょ?」すごく下手な英語で私は必死にしゃべった。みんなの顔が一変して真剣に聞いてくれた。

その後明日のチケットの手配の許可がでた。許可っていうのもおかしいけどね(笑) 今日でこの村ともお別れです。まあ結局その日は車の修理に一緒に行ったんだけど、やはり何時間もそこで一人ソファに座っていた。ここではじめて家庭インド料理をいただく。そういえば今日も朝から占い騒ぎで何も食べていない。だからこの料理がさらにおいしく感じた!ナスのカレー味の炒めたものとプーリーっていう薄いパンみたいなもの。これを日本で再現したみたんだけど・・

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スパイスがどうしても再現できないんだよねー。

その家には彼の親戚、子供が二人いた。二人とも挨拶しても逃げて近づかない。めげずにナマステー。興味はあるみたい、子供は本当に素直だね☆ 少しずつ近づいて来て一緒に外で遊ぼうって連れ出してくれた。外には近所の人達が珍しがって顔を出している。女性の大人は「ジャパニ!」って言って嫌な顔をするんだよね。それでも負けない。「ナマステー(^^)」 分かって欲しいもん。

頑張って日本の話をした。一人の20才前後の男の子は握手を求めてきて第一声が「結婚してますか?」って。若い女の子はクスクス笑って冷やかしている。そういえば、本で読んだけど日本人女性と結婚するのがこの村のステータスだってね。いろんなこと話してるうちに子供も寄ってきて大人の女性達もだんだん笑顔で話し出す。「うちにサリーがあるよ。着てみる?何色が好きなの?」とか。子供は「一緒に野球やろう!」とか。嬉しいなぁ。分かってくれたんだぁ。野球なんかできないけど率先してバットを振ってみた♪子供たちが次々に「今度は僕が投げる!」って。さっきまで人見知りしてた子も私の髪を触ったり、中には「○○くんと結婚してあげて」なんて6歳くらいの女の子。 牛まで輪の中に入って来た。こんな素敵な子供と女性の笑顔をずっと守って行けたらいいな。今でも忘れられないんです。

みんなと仲良くなれたころ、ここを経つ時間になった。今日はこの村最後だね。

2007年7月24日 (火)

インドvol4 寝かせてください。

とにかく眠い・・部屋に着くとまずシャワーを浴びる。あーやっぱりね、ホットシャワーは期待できないと本に書いてあったから覚悟はできていた。かろうじて温かいかなって感じのシャワーを浴びてベットに横になるとすぐに部屋をノックする音が。「せっかくだから村を案内する。」って。立っているのも辛いくらいだったけど、せっかくの好意ですから、車で案内してもらった。村は茶色一色。四方八方から道が集まる中心部に銅像があったらしき台のみが置かれていた。村を見渡すと圧倒的に男性が多い。「ここは夕方からは歩かないように。日中は日射病になるから歩いてはだめ。」つまり一人で歩いちゃいけないのね。070529_hotel

部屋に戻ると倒れるようにベットに横になった。何も食べてないけど食べたくない。とにかく眠りたい。するとドアをノックする音。「家族の家に行くよ。」「寝ていないので少し眠らせてください。」本当に少しだった。一時間後、ドアを叩く音。本で読んだんだけど、知らない人がドアをこじ開けて入って来ようとすることがあるって。だから、ドアの音がする度に心臓がバクバクしていた。

家族に挨拶をして、犬と馬を見せてもらった。犬はゴールデンレトリーバーで1才だったかな。吼えながらピョンピョン可愛いねー♪ 馬は不機嫌そうでちょっと怖かった(^^;)・・

ようやく少しお腹が空いてきて、サンドイッチの野菜をぬいてもらって半分食べる。この日の食事はこれで終了。これじゃ体力もたないだろうから帰って新生姜をつまむ。洗濯をして日が沈み暗くなった頃、インド人の集まりがあるから来るように言われた。

湖のほとりで6人くらい集まって何かしらヒンディーで話している。さっぱり分からん・・取りあえず挨拶と共に、携帯に入ってる私の歌を披露した。「おー!君が歌ってるの?いいね!」って。ありがとう。国境を越えて歌を聴いてもらえたよ!

彼らが何処まで親戚か知らないけど、妹って呼んでたシェリーとそのお兄さんに会った。部屋を案内してくれて、「汚いですけど、どうぞ。何か飲み物でも飲みます?」ってしっかりとおもてなしをしてくれたシェリーは10歳の女の子。英語もお兄さんより流暢でとても賢い。彼女の夢は「ビジネスウーマン」だって。さすが新興国インド!日本に来たら何をしたい?って質問には「ディズニーランドに行きたい!」この辺は やっぱり子供だよね、安心した(^^) 趣味の話になったとき、兄弟げんかが始まった。どうやら健康のために始めたジョギングを今日はサボったなんだって、お兄ちゃんがからかったらしい。シェリーは「嘘つき!!」って半泣きで怒って走り回っていたあげく、二人はどこかへ・・。ポツーンと部屋に残された私・・・。

「・・・さ、帰るか。」家を出ようとしたらシェリーが走ってきて「あ、ゴメンナサイ。一人にしてしまって。お兄ちゃんがいけないの。座ってゆっくりしてってください。」すごい気の配りよう。私ですらこんなこと言えないよ。お兄ちゃんも戻ってきてまた口論が始まる。でもこの二人を見ててなんだか微笑ましかった。「私もね、子供の頃お兄ちゃんとよくケンカしたよ。その時は大っキライだったけど、大人になって分かったよ。お兄ちゃんは妹が可愛いくてちゃんと愛を持ってるんだよ。シェリーも私くらいになったらよく分かるよ☆」

シェリーはニッコリ笑って一件落着(^^)。まだまだ男尊女卑の社会のなか、こんなシェリーみたいな負けず嫌いで賢い女の子がこのインドを支えて欲しいって心から思った。

この夜、インド人といろいろ話してぶつかり、明日へとミーティングは続く・・

2007年7月11日 (水)

インドvol3 ホテル着!

はぁ~建物も木も何もない茶一色の村に着いた!ジャンシー駅だ。彼らの話によるとここから車で約2時間。また気が遠くなる。最初は頑張って景色を見ながらシャンとしていたんだけど、疲れのピークに達して車の中でついつい居眠りをしてしまった。この頃はもう彼らを信じていたんだろうね、切符のお釣りも返してもらったし。

Indo2 Indo1 車窓からの景色はこんな感じ。何もないでしょ?時々牛が優雅に歩いている。ヒンドゥーでは牛は神聖な生き物だから大切にされて怖い思いをしていないのだろう。

いつの間にかもう一眠りしてしまって起こされたら、目の前にお世話になるホテル(民宿?)が!

着いた!着いた!転がるように車のシートから降りた。

ここでお世話になるGさんが出てきた。「ナマステー」・・お世話になります! 部屋を案内してもらった。

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